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震災から1年。。。
2012 / 03 / 12 ( Mon )
震災から1年がたちましたね。。。。
あっという間でしたか、それとも長い1年でしたでしょうか?
被災された方と、実際に被害の無かった方とではそれぞれ違うのでしょうね。

震災の日、私は午前の診察を終えて学会参加のための宿泊の準備や入院動物の管理について看護士さんと最終チェックを行っていました。
ある飼い主さんが、今、東北で大きな地震があったようですね~とおっしゃいました。
それから休憩中の看護士さんが、テレビで大変なことになっていると騒いでいました。
私もテレビの画面に写る光景を見て呆然となってしまいました。
コンビナートから出火し、津波が車を何台も押し流すところでした。
さらに被害は広がるだろうと予想ができ、ここにいる誰もが同じ日本で起きているとは思えない、信じられないという気持ちだったでしょう。

私は横浜で学会が2日間予定されていましたので、すぐに航空機会社と学会事務局に問い合わせました。
学会は開催中止はなく、航空機も予定通り運航ということでしたので、私は行くべきではないような気はしながらも最終便に搭乗してしまいました。
案の定、羽田空港では人があふれて床で寝る人までいて、その間を注意して歩きながら外へでると200~300人ぐらいの列ができておりタクシーや迎えの車を待っている状態でした。
寒空の下、立ち続け待ち続けどタクシーは3台ほどしか来ません、どうなっているのか!?と少し苛立ちながらも周りの方を見ても黙って静かに並んで立っている。。。私のすぐ前には高齢のご夫婦が結婚式帰りらしく、引き出物を足元に置いて、かなり薄着のコートでいらした。
かれこれ3時間がたち23時を過ぎた頃、空港職員が寝袋を配り始め皆、寒さに負けて空港内へ避難し始めた。
私は充電の切れかけたスマートフォンを握り締め、まだ希望をもって並び続けました。
列の前後の見知らぬ同士の3~4人で、高齢のご夫婦をどうするかや2階の出発ロビーのタクシー乗り場に行ってみようかなど穏やかな口調で会話をしました。
この時、なんて皆、落ち着いて、礼儀正しく、そして思いやりにあふれているのかと心温かくなりました。
さっきまでイライラしていた自分が恥ずかしくなりました。
外で一夜を過すのかと諦めかけた時に、偶然、横浜のタクシーが1台やってきて乗車することができ深夜にホテルに到着できましたが、余震が多くて、あとニュースを消すことができなくてあまり眠ることはできませんでした。

学会は交通の麻痺で講師や発表者の欠席もありましたが、運営委員の努力により何とか進められていました。
会場のモニターで次々に流れてくる情報に皆、驚くばかりで、原発においては放射線の教授らは口々に、これはまずい事態だ、東京も危ない、などと当初からおっしゃていました。
私もなぜ、ここに来てしまったのか、なにをどうしたらいいのか、不安で悶々としていました。

無事に帰ってきましたが、あまりにひどい被害の大きさと混乱の場所から宮崎の平和な日々に戻って、いろいろと考えてしまいました。
災害時の心構えや助け合いの気持ち、思いやり、そして日ごろの感謝の心。。。
人間いつ、どうなるか分かりません。1日1日を大事に、出会った人との縁に感謝し、そして家族やともに働く仲間との絆を大切にしながら生きていこう、と思いました。

先日、震災の時の学会に今年度も出席してきました。
被災した同級生にあって、復興状況など聞いてみましたが、やっと少しずつ病院に患者さんが来てくれるようになったとか。
宮崎牛や都農ワインを送ったところ、大変喜んでくれました。
おいしいものでも食べて、元気にがんばってもらいたいです。

長くなりましたが、私の震災の日の出来事を書いてみました。
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